福山市の概要
福山市は、広島県の南東部に位置し、東に岡山県、西に府中市・尾道市と接し、南は瀬戸内海を臨んでいます。
広島県に属していますが、歴史・文化・経済的には特に岡山県井笠地方との結びつきが強く、備後地方南部の中心都市として、独自の文化・経済圏を有しています。戦後復興のため、新しい都市計画として「ばらのまちづくり」が始まり、現在は市内に約45万本のばらが咲き誇るまちとなっています。
福山のあゆみ
むかしの市域はそのほとんどが海中であり、芦田川流域は新市町、府中市あたりまで深く入り込んだ海で、「穴の海」と呼ばれていました。また、潮待ち風待ちの港として知られる鞆の浦は、多くの歌人によって万葉集に詠われています。その後、平安時代のころから芦田川に三角州が形成され、鎌倉時代には、今は芦田川の中洲に眠る草戸千軒町が明王院の門前町として栄えました。
江戸時代に入り、水野勝成が備後10万石の領主となり、福山城を築き、地名を「福山」としました。福山の町の誕生と城開きの祝いとして、一年の初めの満月の夜(小正月)に焼かれる春を呼ぶ火祭りが始まりました。これが「とんど祭り」の発祥といわれています。それから市域は城下町として整備され、明治に入って1889年に福山町となり、1916年には人口32,356人の福山市が誕生し、地方行政の中心地として発展していきました。
1945年、市域は空襲によって市街地の大半を焼失します。翌年から戦災復興事業に着手し、まちが復興していく中、南公園(現在のばら公園)付近の住民は空き地にばらの苗木約1,000本を植え付け、真っ赤なばらを咲かせました。その努力が実を結び、国道などの基盤整備がされると、山陽・山陰と四国を結ぶ産業・文化・交通の要衝都市として急速に成長しました。
古くから市域の基盤は繊維産業でしたが、1961年に単一工場としては世界最大といわれる日本鋼管福山製鉄所の立地決定により、重工業主体の産業都市へと転換していき、瀬戸内海の臨海工業都市として脚光を浴びるようになります。その後、合併を重ねた現在の福山市は人口42万人を擁する備後地域の中核都市として、「人間環境都市」を基底に、「輝く瀬戸内の交流拠点都市・個性豊かなばらのまち福山」を将来都市像として位置づけ、その実現を目指して歩んでいます。
福山の名前の由来
1619年に徳川家康の従兄弟、水野勝成が西国鎮衛の役目を命じられ、備後国深津郡野上村一帯に新たな城下町を建設し、この地を「福山」と名づけました。福山城があるところは、もとは蝙蝠山(こうもりやま)と称していましたが、「蝠」は福に通じることから「福山」となったといわれています。
 |
 |
 |
 |
| 福山の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
福山市鞆の浦歴史民俗資料館 |
| 住所: |
〒720-0202
広島県福山市鞆町後地536-1 [地図を見る] |
| 電話番号: |
084-982-1121 |
| 開館時間: |
9:00〜17:00(10月〜3月は16:30まで) |
| 休館日: |
月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/28 〜1/3) |
| 入館料: |
個人150円(120円)、高校生まで無料
※()内は20名以上の団体料金 |
|
 |
 |
 |
 |
|
 |
|